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東日本大震災犠牲者の鎮魂願い 宮城

東日本大震災犠牲者の鎮魂願い 宮城

07/08/2014

東日本大震災の犠牲者の鎮魂のため、1千体の木彫り観音像を作った元刑事がいる。角田市高倉の大沼敏修(としのぶ)さん(64)。自宅の畑で農作業をするかたわら、多くの犠牲者を思い、木像を彫り続けている。(上田直輝)
「木に導かれるまま彫るうちに、像が完成していくんです」
大沼さんは県警での42年間の現役生活のうち、39年6カ月を刑事として過ごした。引退から1年後に震災が発生。以来、震災で亡くなった犠牲者を弔うために木像の制作を続け、今月10日に1千体目が完成した。
大沼さんの木像は、高さ約1~約50センチで子供を抱いた母親や、祈りをささげる姿をしている。材料は松や竹、杉などの朽ち木。以前は自分で拾ってきたが、最近では近所の人々が持ってきてくれるという。
木像を作り始めたきっかけは、12、13年前。肉親による殺人事件の捜査中に踏んだ枯れた松の木の枝が、子供を抱いた母親のように見えたという。枝を持ち帰り、ナイフで手のひらサイズの像を作ると、心が癒やされた。制作は、数時間で終わることがほとんどだが、木が堅かったり、なかなか完成形が見えてこず放置したりして、震災前から6年かけて彫ったものもある。
以来、事件のたびに家の裏山の松や竹などの朽ち木を拾い、彫刻刀を握った。自分の心を落ち着かせるため、そして事件で犠牲になった人に「力を貸してください」と祈るため。引退するまでに50体近い木像が完成した。(パリ派絵画)
震災では20代のころ石巻署に所属していたとき、捜査に協力してくれた人やなじみの飲食店の店主も犠牲になった。「自分には何ができるだろうか」。気が付くと、木を手に取り、彫刻刀をあてがっていた。
平成23年6月に、南三陸町の防災対策庁舎で無線を通じて避難を呼びかけ続け、逃げ遅れて亡くなった同町職員の遠藤未希さん=当時(24)=や、津波と放射能をモチーフにした約50センチの高さの像を作成。1千体の最初の1体となる木像だった。
24年の夏には作った約100体の木像を軽トラックに乗せ、テント美術館と称して石巻市内の道の駅で披露したこともある。同市で亡くなった知り合いを弔う気持ちがあったという。
24年の夏の終わりごろ、津波で当時40代だった娘を亡くした同市の70代の夫婦が訪ねてきた。祈りをささげる姿の1体の木像を受け取り喜ぶ夫婦を見て、「自分の像で誰かが癒やされるなら」と考え、いっそう制作にのめり込んだ。
1千体を目標にしたのは今年1月。メディアの取材を受け、1千体を作りたいと言ってしまい、「後に引けなくなった」。この時点では約500体の木像が完成していたが、この後は1日3、4体のハイペースで作ってきた。1千体は、家の玄関に棚を作り飾っている。引き取り手があれば、被災地の寺などに奉納したいという。
最近、古本屋で見つけた本を読み、「千体仏(せんたいぶつ)」とは本来、過去·現在·未来の各1千体を指すと知った。「次の目標は3千体です」(舞台の踊り子)


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