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栃木県立博物館で「高久靄がい」展

栃木県立博物館で「高久靄がい」展

06/06/2014

江戸の文人画を代表する那須塩原市出身の画家、高久靄●(あいがい)(1796~1843年)は一般的な知名度は低いが、江戸時代は高い評価を受けており、「知られざる巨匠」ともいえる。県立博物館(宇都宮市睦町)で開かれている企画展「江戸文人画の彩り-高久靄●とその師友」では、作品を通してその多彩な才能と谷文晁(ぶんちょう)、渡辺崋山らとの交流を知ることができる。15日まで。

靄●は那須・杉渡戸(現那須塩原市)出身で、鹿沼を拠点に制作活動を続けた後、江戸に出て、文晁門下となる。

若い頃は写実的な作品や伝統的なスタイルを崩した抽象画にやや近い作品もあり、多彩で色遣いも鮮やかだ。だが、文晁門下では南画、山水画を極める。中国名画の精密な模写もあり、さらに自分なりに解釈した、いわば「靄●山水画」も生み出していった。同館人文課主任研究員の本田諭さんは「中国の作品を見ることができる文晁門下でないとできないこと。中国絵画の影響を受け、美意識を見いだした」とみる。(油絵販売)

文晁門下では、崋山や立原杏所(きょうしょ)、椿椿山(ちんざん)とともに並び称されるが、江戸時代後期の評価では、靄●はトップクラス。収集家向けの番付では円山応挙に次ぎ、崋山や師の文晁よりも高い値が付けられていた。

江戸幕府を批判した知識人が弾圧された「蛮社(ばんしゃ)の獄(ごく)」(1839年)で崋山が投獄されると、椿山らとともに救出に尽力した。本田さんは「靄●(=がんだれに圭)も崋山らも同じ文晁門下。取り扱う題材、画風は全く違うが、交流は生涯続いていた」と話している。(恋の湖)

 


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